愛することのあり方
相手を好きな気持ちに
バランスをとるってとても大切だ
好きだから傷つけて
好きだから負担に気づかなくなって
好きだから自分の気持ちを満たすことを優先して
好きだから相手の気持ちを試そうとして
嫌がることを強要するときもあるし
好きだからを免罪符に
好きなだけ言動にして
「気づいたら失ってました」ってことも全然ある。
恋人の一挙手一投足を
一眼レフでおさめたいカメラマンがいた。
そのカメラマンは誰よりもその恋人の表情を愛していて、その出来上がった写真は本当に美しい。
被写体の恋人はというと、
他者から見た《美しいとされる表情》が嫌いだ。
それらは自身が鏡で何度も見たような左右対称の笑顔ではなく、今日も
「せめてリップの色が残ってる
時に撮られたかった。」などと思っている。
カメラマンは被写体の照れる様子に
なんだかんだ嫌がってないとか
むしろ喜んでるとか
自信をもってくれたらそれで言いとか
少しずつ慣らしていけばいいかとか
拒絶してないから次もいけるなとか
独りよがりに照れ=肯定と受け取って
妥協を許容と思い込みカメラを構える。
必死に撮影する恋人を
傷つけたくなくて
ほんの一瞬嫌だなと思う感情を押し殺す瞬間。
やめてよーと優しい拒絶をした後の
「可愛いから1枚だけ!」と言われる瞬間。
この瞬間瞬間を
減算方式で相手への気持ちをすり減らす人、
小さな幸せ加算で誤魔化す蓋をする人。
それは様々だ。
できあがった美しい写真は蓋にできるわけでもないし、どんなに上手く蓋ができたとしても
蓋は蓋でしかなく
存在感を増す不安が漏れ出ることもある。
ファインダー越しの恋人を愛してるカメラマンは
笑顔が自然でないことにも気づけないまま
愛を免罪符に今日も撮り続ける
スズメとごめんなさいの話

湿度でじっとりぼんやり
両手に買い物袋を持った手がじんわり暑い
《あーやだな
早く夏来て終わってくんねえかな。暑い。帰りたい。頭痛い。》
突然、走るおばさん(推定60)が
背中にボスンッとぶつかる。
つんのめる私。
目の前は線路。
あれ?落ちる。
慌てて踏ん張り、
ただでさえジットリした額に冷や汗が滲む。
振り返るとおばさんが自分のリュックをゴソゴソ。
一瞬顔を上げて目が会ったが
また下を向いてリュックをゴソゴソ。
「あーあったあった!チッチッチッチッ……」
リュックから出した袋入りのパンをちぎりながら
私の周りをウロウロ。
足元で地面をつついていたスズメを探して
「んー?どこいったかなぁ?おいでぇ…!チッチッチッチッ……」とウロウロ。
背負い直したリュックが無遠慮に私にぶつかる。
外の蒸し暑さとは裏腹に、
「あーこの人はスズメの胃袋は気にかけれるけど
人の命には無関心なんだなぁ」だなんて思う、乾いた冷たい心。
スズメの行方を探すおばさんに、
30秒前に飛び立ったことも教えてあげない。
なぜなら私の心は狭い。
ごめーんね。いいよ。世代なのだから。
ごめんが無いまま許す手段を私は知らない。
かつての教室に漂っていた
《ごめんを言ったら何でも許せという風潮》には
微塵も納得いっていなかった。
宿題を忘れると謝っても先生は怒るのに
子供同士はごめんねで何でも許せという雰囲気がどうにも気持ち悪かった。
あの頃の私は、反感は抱いても、
反論はしない弱い生き物だった。
自分は人よりも劣っているから、
人と違う自分がどう目立たずに生きていけるか、
そんな事ばかり考えていた。
謝りたいかどうか、
許したいかどうかを考えるような自主性は
恥ずかしいとすら思っていた。
その結果、許しの合言葉文化は納得のいかないまま、私の中にしっかり染み付いている
もっと自分で考えて、
自分の違いを許せる人間だったら。そう思う。
ごめんで許す寛大さは
ごめんが無いと許せない心の狭さと裏腹だ。
おばさんが額の汗を拭いながら
スズメを探す姿をぼんやりと眺めていた。
オキシ漬けというのがやりたい〜浴槽編①〜
ズボラ三十路のお掃除体験記です。
汚いものが嫌いな方は立ち去れ。
朝8時
それは唐突に起こった
彼が早朝から仕事に行き
さっ…二度寝…
と思って目を閉じたところ、
どうも昨日届いたオキシクリーンが気になる。
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数時間夢見心地も相まって乗り切ったが
もう耐えられない!!!
オキシ漬けやってみる!!!!

Q.オキシ漬けとは...
A.40から50度のお湯にオキシクリーンを溶かした溶液に衣類やタオル、その他さまざまな物を入れて漬けおくと汚れが驚くほど取れる魔法です。
今日は浴槽にタオルと枕を漬けよう。
とお風呂をガラッとあけると
風呂場が汚ねぇ!!!

※自主規制
そもそも私はめちゃくちゃズボラ。
彼もまたズボラ界の中心人物ときたら
風呂掃除なんて入る時にマジックリンする程度。
てなわけでお風呂まるごとオキシ漬け!!!
見えない場所の酵母と黒かびの温床にも撒く!!
(※汚物注意!!▼)

数時間待機のため買い物へ。
オキシ漬けへの冷めやらぬ熱意により
ドラッグストアで掃除用品を爆買いし、
「よーし!帰ったら大掃除だ!!!」
と思ってたんだけど
実際はこうだった。

怠惰とかいうやつ強すぎる。
何にでも勝ってくる。
(②へつづく
男が奢るべきか論
パチスロにアホほど金を吸われた我が上司。
だからカバネリには気をつけろとあれほど…。
急遽仕事で物入りになってしまい地獄を見ていたので、小額ながらお金を貸した。
そのお礼に、返済に併せてご飯も奢る!と言われたので、今からその日に向けて空腹を鍛えるフードファイター私。
奢りといえばこんなのがあった。

これを契機に、
やれ賛成だの反対だのと
奢るべきか論者がたくさん現れていた。
男だってデートに向けて金がかかってるんだぞ!
と言っているYouTuber。
奢ってもらうのが当たり前だなんて恥ずかしい!
と嘲笑う意識高い系インフルエンサー。
それで諸々見聞きして思ったことなんだが、
奢ってもらうのが当たり前だとか
当たり前じゃないとか
わざわざ言葉にする必要の無いことだ。
私は後輩に奢るのが基本だと思っている人間だけど、それを誰かに押し付けるつもりはないし、
その後輩が
「奢ってもらうのって当たり前ですよね」
などとぬかしていたら、
どうやって置いて帰るかを真剣に考える。
奢ってもらうのは当たり前だ!という余計な一言が【奢りがい】を損なわせる。
って同じこと思う人居ないかなぁと思ってたら
あの狩野英孝様が同じこと言ってた。
これを男の人が言うか、女の人が言うかによってニュアンスが微妙に変わるね。
ところで、普段、「女性の活躍出来る社会をつくれー!男女不平等だー!!」と主張している知人が
深田えいみに賛成!って声高々に言ってたんだけど、男女平等どころか女尊男卑って感じで微笑んだ。
いつも思うけど
偏った思想の人に限って声がでかすぎる。

鳥籠に押し込まれた友人を思う。
北海道の友人と連絡がつかなくなって早3日。
彼は元気にしているんだろうか。
と、いうのもその友人、20代前半とかなり若いんだけど、同棲中の彼女のモラハラ気質との付き合い方に悩んで、私と私のパートナーに毎日のように相談の連絡があった。
この友人の彼女がまた、
よくキレる。すごくキレる。
刀鍛冶職人が磨き上げた刀より切れ味が鋭い。
物事の規範は全て自分にあると考えているので、
自分の意に反するとメンタルを再起不能になるまで叩き斬る。
平日は彼女が帰宅するまでにご飯が無いとキレるし、だからと言って、「ご飯何にする?」などと聞いたら途端に「ご飯のことしか頭に無いのか!」とキレる。
家事全般彼にやらせてる間、自分はスマホをいじり、手伝って!と言おうものならキレる。
この時点で、
(120歩ぐらい譲って)
専業主夫を強いていたなら多少の理解はできたかもしれない。
のだけど、仕事も、生活費やデート代、その他諸々の工面も強いられ、働けない払えない、となるとしっかりキレる。
休日はデートしないとキレ、
夜勤明けだろうがなんだろうが、
当日は起きるのが遅いとキレる。
但し、早く起きてもアラームがうるさいとキレるので、結局のところ準備が早かろうと遅かろうとキレる。
コロナ中に彼女のサンドイッチを食べ、
「味がわからない」と言ったらキレ、
「じゃあ自分で作りなよ。」と作らせる。
イベント事のプレゼントは
「実用性あるもの貰うと冷める」と言われ
ネックレスを買おうとしたら
オーブンレンジがいい!とごねる。
(※ただ、これはもしかすると、オーブンの実用性が理解できてないだけかもしれない)
そんなこんなでオーブンレンジをあげたら
ネックレスももらえばいい!と母親ぐるみでごねはじめる。
ネタにしたって胸糞悪いが
これがまたネタではない。(残念)
何千kmも離れた土地での遠距離恋愛。
お金を貯めて早く同棲するんだ!とキラキラしていた彼を思い出すと切なくなる。
愛しい彼女に久々に会いにいき、彼女にせがまれてそのまま同棲開始しちゃった!!と言った時も
好きで好きで仕方ないんだもんね…と微笑ましい気持ちでほわほわしたのを今でも覚えている。
だってほんの半年弱のことだからね。
逃げようにも
彼女へのみかじめ料の数々に先立つものも無く、
行き場のない思いを抱え、
やまぬ不満や嫌味の雨を浴び、
言い返すこともせず、ただ耐え忍んでいた。
逃げたい、死にたいと零すのを聞くたび、
これで引っ越せ!!!と言って大枚を叩けるだけの蓄えがあれば良いのに。と思う。
情けない友人で本当にごめん。
先日、ついに「引っ越したい」と言っていたので
やすい賃貸を探し、
クレジットカードの作り方を話し、
【助けることができなくとも
道筋は明るく照らすことはできるぞ!!】と自分がむしろ励まされていたとき事件は起きた。
スマホの検索履歴から賃貸探しがバレ、早朝から叩き起こされたらしい。
途中までは鬱々としていた彼の話を聞いていたのだが、何通かやり取りののち、
唐突に連絡は途絶えた。
私と私のパートナーをブロックし、
以降、音信不通。
LINE以外の連絡先を知らないので
助け方もわからない。
だいたい、何が起きたかはわかる。
彼女は彼の外界への逃げ道を遮断して
自分を見つめざるを得ない状況を勝ち得たんだろう。
精神的な依存は、ある種、幸せではあると思うけど、
物理的に離れられないだけの関係性は果たして幸せなんだろうか?
彼女は、また、彼は
今どうしているんだろう。
死を選んでなければ、
それだけで今は良い。
晒すのハードルが低すぎる
篠田麻里子が離婚した。
麻里子の言葉を信じます、とのことで、
Twitterを流し見してたら、「旦那さん最後まで良い人ー♡」という反応があった。
確かに、たとえ不倫の事実は無かったとしても、限りなく黒に近いような状況をもってパートナーを傷つける行為そのものは絶対に良くないし、
最後の最後に信じるという選択をすることは勇気がいることだと思う。
ただ、信じてもなお、離婚をしているのには変わりなく、「子供の人生を傷付けた!!」と言いながら、その母親の不貞の生々しい証拠の数々を世の中に晒すのは「良い人」の範疇に収まる行為だろうかと疑問を抱いている。
確かに、私が結婚相手に不貞行為をされてしまったら、と考えると、出来るだけ当事者の心にくるダメージを与えたいと思うかもしれない。
その場合、私のような凡人が取れる方法は限られているが、それが公人相手となったとき、「晒す」がコスパの良い効果を発揮するのは確かだ。
でも、子供の人生を盾に取るなら物事は慎重でなければならないと私は思う。
私の実父は、所謂プレイボーイで、家にも寄り付かず彼女の家を転々としていたタイプだった。
彼の数々の「武勇伝(笑)」を知る機会は多く、そのたびに多感な心は傷ついていたし、ゆえに人を信じることがあまり上手くはなくなってしまった。
当事者にとっては過ぎ去った出来事になるとしても、
断片的に見聞きする受け手は、その瞬間、瞬間が最新なのだから、消化が追いつかず、不快感が残ることもある。
か篠田元夫婦も、これは夫婦間の問題だ、個人間の問題だ、と言っているが、
自らの手で世の中に発信したのに、「やっぱり騒がないでね」がどこまで通用するだろうか。
言葉は出したら最後だ。
人の心に一度入ったものを取り出すのは骨が折れるし、それがより大勢、となったらまず消し去ることは不可能だ。
やり直しもリセットも効かない状況に持っていったという意味で、子供のことを視野に入れなければ、元旦那は不貞疑惑のあるパートナーを窮地に追いやりつつ、自身は被害者としての地位を誇示できる手段をとり、それらを全うしたといえる。
けど大変なのは多分ここからなんだろうな。
マスクしてるのも外してるのもべつに恥ずかしくはない

マスクの着脱を個人の判断となってから数日が経過した。
とはいえ、出勤中に周りを見渡しても、
外してるのはほんの数人。
Twitterなどで、「他の人がつけてるからって、外さないのは恥ずかしく無いのか!」みたいな動画を見た。
まあ、思想・主張はともあれ、せっかくなら久々に外すか。と思い、外して出たところ、鼻水がダラダラと垂れてきた。
数年ぶりに花粉を感じた瞬間であった。エモい。
バスに乗り、慌てて手で覆って隠すが、なぜ鼻水というのは座り姿勢だと無限に出てくるのだろうか?
私だけか?
そういえば何年もマスク生活してたせいで
自分の花粉症の具合が分からなくなっていた。
マスクをしていれば鼻が多少垂れてようが
胸を張って顎を引いて姿勢良く自信満々みたいな顔をして歩けていたのに。
あの小さい布1枚があるのとないのとの
安心感の差がいかつい。
なんて無力。非力。
ちなみにもともとマスクのは好きでは無かったが、このマスクに出会い、少し快適になったからおすすめ。肌触りが好き。
ただ、独特なにおいがするから事前に洗ってから使ったほうが良い。
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しかし今の会社に入社して早2年。
ロッカールームで、マスクなしの顔を初めて見た社員がいた。
自分の脳がマスク部分を妄想補完しすぎていたことを知る。
以前、資生堂の女性社員の記事で、
マスクのような【見えない部分に自分の理想を当てはめている】
と読んだことがある。
確かにその通りだった。
人の見えない部分を勝手に理想で飾り立てて想像してしまうのは人間の性だとして、相手の知らない部分があることは、実は双方良好な関係を築くために必要なことなのかもしれない。
が、同時に、本質を見抜きたい、だとか、
顔を見たいという欲求があるのも人間。
マスク解消社会のジレンマが始まる。
それにしても明らかに咳をしたりくしゃみしてる人に限ってマスクしてないのなんなん?